縱書きの現狀と橫書き

縱書きつて何だらうか。橫書きとどう違ふのだらうか。
端的に申せば、遠近法を用ゐた用ゐぬ繪畫、印象派迄の單視點的な繪畫、そして立體派の複視點的繪畫程に異なるのであつて、書いてある內容が同じだからよいではないか、とはならない。

言語によつて向き不向きがあつて、縱書きだけよつてのもあれば、橫書きだけ、兩方チヤンポン、なんてのもある。
思ふに日本語は、我らの國語は、兩方チヤンポンできるのだと思ふ。日本語には漢字爾來の外來語導入の傳統があり、それが倂記を可能とせしめるのだ。

國語が縱書きである理由

縱書き程國語に向いた表記方法は無いと思ふのだが、まあざつくりと、できることできぬことを列べたてたい。

縱書きにできること

「ニノジテン」を送ることができる! なんて云つてもサツパリだらうと思ふので、まづは「踊り字」から。

主な踊り字

「踊り字」とは約物の事で、所謂「学問のすゝめ」「散々」「愈〻」などにつける省略記號であつて、曾て用ゐられた支那よりも今は日本で多く用ゐるのだといふ。
「ゝ」「ヽ」「々」「〻」等は遣ひ分けるのが普通で、平假名は「ゝ」、片假名「ヽ」、音讀漢字「々」、訓讀漢字「〻」とする。
この內、「二の字點」と呼ばれる「〻」は漢文宜しく字の右下に副へるのが正しい記法で、これは橫書きではできない。なほ漢文では「〻」は音訓拘ることがない。

くの字點

先の踊り字と同じだが、此方は平假名「く」の字をしてゐるからその名がある。
「まあ〳〵、」「かく〳〵しか〴〵つてわけ」とするけれども、御覽のやうに體を成さない。
他に平假名「く」に關しては、芥川龍之介をして縱書きでないと字の力が弱いと云はしめてゐて、字の意匠もまた縱書きのため造られたのだらう。

漢文

何と云つても尤も縱書きを必要とせざるを得ぬのが漢文であらう。印章(メソポタミア起源らしい)と共に情緖ある文化だと私は思ふ。
漢字の古くは殷墟の甲骨文字、それが秦代に統一され金文・小篆から發展、軈て楷書となり傳來した物だ。
それで文字の利便を知つた我らの祖先は、これを工夫して萬葉假名といふ表記法を發明、假名文學は大成した。
系譜を見れば、國語表記に縱書きが必要とされる理由ははつきりとした物だが、それは次で述べるとしよう。

縱書きにできぬこと

歐語を綴ることである。これ許りは如何ともし難く、歐語を基調とする自然科學も同樣である。

歐語の文字

歐語で用ゐる文字は何が起源だらうか。我らは餘り西洋事情をしらぬので、先に整理しておかう。
そのルーツは古代エジプトの神聖文字(ヒエログリフ)に始まると云ふ。これを改良し通商に用ゐたのがフエニキア文字で、强大な國家を造つたフエニキア人によつて廣められた。 更に是が地中海でギリシア文字となり、ローマ帝國を造つたロマ人によりラテン文字へと變化した。ラテン語が多く歐語に影響を與へたことからも、ラテン文字の存在は無視できない物である。
從つて歐語には、といふかフエニキア文字は印歐語を網羅するが、このエジプトで始まる表記にあるのだらう。

しかしこの神聖文字、これは縱書きにも橫書きにも上下左右自由に用ゐられた。自由な文字もあつた物である。
一方のフエニキア文字は牛耕式(βουστροφηδόν)や橫書き(右から左式)を用ゐたのだといふ。 牛耕式とはβους(牛)στρεφειν(引き返す)の意味で、牛で耕すやう一行每に右左式.左右式を切換へる書式。
ギリシア文字も曾ては似たやうな物らしいのだが、ラテン文字となり、歐語を綴る內に何故か橫書き(左から右式)になつたやうだ。
この歷史的經緯は、ラテン文字で歐語を綴る上で橫書き(左から右式)が向いてゐるいふことなのだらう。

ところで、フエニキア文字を祖とするヘブライ語やアラビア語が橫書き(右から左式)なのは特筆すべき事項である。
分化の過程で右左式・左右式に分れたのだ。單純な二元論でみれば、セム系は右から左、印歐系は左から右を好んだといふことだらうか、果して。

歐語を和文に混ぜる方法(和歐混植法)

縱書きで歐語を綴るには、直角に廻轉させて用ゐるのが一般的で、和文と同じ方向に文字を竝べることは少ない。
一方、縱書きに橫書きを混ぜて歐語を綴る時には、歐語の記法に從ふのが筋である。その爲に縱橫混ぜて書くのだ(これを JIS X 4051 では縱中橫と謂ふ)。
そしてこれが學術書等を記す上での解決策だと思ふのだが、組版論は別の機會に讓らう。

縱書き序論の纏め

縱中橫の如き折衷、すなはち適材適所が現實的である。尤も美しく、讀みて疲れず、そして傳統的美しさを湛へる事ができるか、これが重要なのだと思ふ。
いたづらに排斥する必要は無い。縱書きも橫書きも文化的に重要であることは先述の經緯をみれば明らかとならう。
國語の橫書きに右左.左右兩式があるのは、歐式と古來の縱書き式(一行一字にしたと解釋)とが混在するから、と云ふのが自然な解釋かと思はれる。
どちらも情緖があると思ふのだけれど、如何だらうか。

現在の國語縱書き・橫書き事情はたいへん憂慮すべきことであるが、ひとりひとりが聲を大にし主張せねば CSS3勸吿、實裝の夢は遠い。
次は實際に今できる縱書きの遣り方を考察する。

縱書きと技術的課題

CSS3での對應

writing-mode は Microsoft の技術者により提案され、IE 5.5 に實裝された。 int'l layout[WWW WD, 1999]である。
當初は CSS3 の text module[CSS3 WD, 2001] に追加されたが、 text module[CSS3 RC, 2003] に移り、今はもうどうなつてゐるのか、定かではない。
text effects module[CSS3 WD, 2005]text layout module[CSS3 WG, 2008]、 種々の變遷を見せてをり、ruby(振假名) module とともに、今後に期待せざるをえない。
Windows での IE 以外は對應してゐないので、いまこの方式を遣ふことはできない。 縦書きHTML/CSSに関するメモを參照のこと。
他に日本語組版処理の要件(日本語版)[WD, 2008]などがある。 縱書きでは組版に關する話題を避ける事ができないが、以下でも今できることを中心にのべたい。

現行 CSS2での對應

字固定式(植字式)

漢文の例として漁父辭をみよ。「二の字點」の遣ひ所もみてほしい。
字を絕對座標で固定するのだが、ひとつひとつの字を固定するので大變な手閒である。potision、top、left などを指定する。

行幅制限式

一行にするため一字分の幅を設け、强制改行させる。强制改行の實裝差により、ブラウザ每に擧措が異なる。

大日本︵縱︒

等幅フオントの利用

どの環境でも閱覽できるが、文章の電子データとしては意味を成さぬのであまり推奬できない。
文を電子データとする意味は、これを完全な文として認識できることにある、と思ふのだが。
Mac OS X では Mac OS の昔から Osaka フオントが知られ、 Windows では Pの附かぬフオント(ex.MS ゴシック)を指定するとよい。
css では font-family: monospace; で自動選擇できる。

しやななて日つ
けしくし心暮れ
れう書事にらづ
 こきをうしれ
 そつ︑つ︑な
 もくそり硯る
 のれこゆにま
 ぐばはくむゝ
 る︑かよかに
 ほあとしひ︑
つれづれなるまゝに、日暮らし、硯にむかひて、心にうつりゆくよしなし事を、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ(徒然草・序)

アスキーアートのやうな發想で實に單純だが、フオントに多く依存するのが缺點である。縱書きと橫書き示した內、これでは橫書きのみが有效に檢索できる。

課題

文字コード上の問題

さつきさりげなく示した「行幅制限式」の例、句讀點には縱書き用コードが使用されてゐる。
「。と︒」「【と︻」「…と︙」などである。句讀點に關しては、位置を調整せねばならぬから用意されてゐるのだ。
純粹に縱書きとしても、これを自動置換するかしないと、句讀點は上手くできまい。また、これは UTF-8 以上でないと扱へぬ缺點がある。

︒︑︐︓︕︔︖︗︘︙︰︱︲︳︴︵︶︷︸︻︼︽︾︿﹀﹁﹂﹃﹄﹅﹆﹇﹈

縱書き用コードの內の英文からの句讀點と一部の括弧、「:!;?〖〗」は文字化けするので、 Max OS X 10.5以降でないと認識できないらしい。


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